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ソバージュ順子

ソバージュ順子


誰もがソバージュ順子のことを知りたがっている。

しかし本当の意味で、

ソバージュ順子のことを知っている者はどこにもいない。





「ンジャメナ・・・」

自分の番で「ま」が来たものだから

うっかり「マイレボリューショ・・・ン」と発して、

しりとりを終わらせてしまった気の毒な男に向かって、

ソバージュ順子はカウンター越しにつぶやいた。


男は、シングルモルトをストレートで飲んでいる。

オン・ザ・ロックにすると香りが閉じ込められてしまうというのだ。

スコッチのシングルモルトは蒸留所ごとの味や香りを楽しむものらしい。

知らねえよ。

アンタが今飲んでるのはディスカウントストアで叩き売りされてたやつだし、

カビの匂いしかしねえよ。

ソバージュ順子が夜のスナックのカウンター内で学んだことは

男ってやつはめんどくさいということ、それだけだ。

今夜の客は特に辛気臭い。


「ん、ジャメ・・?」


「そう、ンジャメナ。チャドの首都よ、広辞苑に載ってるわ。」


みんな知ってるわよ。ソバージュ順子はおもしろくなさそうにそう付け足した。


このしりとりはアレだな、終わらねえな・・・

男はそう思って、相手をしてくれた女主人に礼を言い

短くなった煙草をくだらないガラスの灰皿でもみ消して、

マネークリップから抜いた札を何枚かカウンターに置いた。


ソバージュ順子は男にコートを掛けながら言った。

「アンタ、何があったか知んないけど、

本当に楽しく笑うためには、踏ん張って頑張らなきゃいけない時だってあるのよ・・・」



外は45年ぶりの大雪で

雪に慣れていないこの関東地方では

初めこそ誰もが物珍しさに浮かれていたものの

各所で交通網が混乱し大雪による被害が拡大していく中、

主婦たちは、姑のいない間に雪だるまを作って

SNSにアップしていた一週間前の自分に

ドロップキックをおみまいしてやりたい気持ちになっていた。


男は、繁華街の夜道で雪の舞う夜空を見上げて

あの日みてえだな、とつぶやきながら

アイロンパーマがすっかりとれてしまったリーゼントヘアーにコームを入れた。

へへっ、ンジャメナか・・・


男は今日まで、

全てを終わらすにふさわしい街とお天気を求めて、

山手線を内回りで転々としていた。

ようやく、今夜、この街にしようと決めて

最後に場末のスナックでシングルモルトをひっかけてから逝こう。

2時間前まではそう思っていた。


終わりにしようと思ってここに辿り着いたのに、

マイレボリューションからのしりとりの向こう側に、

いくつもの路が開けた。そんな気がした。

オレの改革か・・・自分の考え方を変えるってことかな


男は、兄弟で宇宙飛行士を目指すマンガの

ダメだけど恰好いい兄のほうのセリフを思い出していた。


「一位と最下位の差なんて大したことねーんだよ。

 ゴールすることとしないことの差に比べりゃ」


自分の場合、ゴールってなんだろうか?

まあ何にしても生き急ぐこともないか、求めなくてもいずれあっちからやってくるだろう

この街でやり直そう、もうひと踏ん張り。

男はそう思った。



ソバージュ順子は

この雪じゃ今日はもう客なんて来ないだろうと思い、

いつもより早めに店を閉めて

さっきの男に最後にかけた言葉が間違っていなかったかどうか、

ハードディスクに録画していた

スマイルプリキュア第31話を観て確認する。


「本当に楽しく笑うためには踏ん張って頑張らなきゃいけない時だってあるの!」


キュアハッピーは確かにそう言っていた。


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